内海は古代から続く海水浴場があり、1192年に鎌倉幕府を設立した源頼朝の父、義朝が湯治に用いたことでも知られる。しかし、現在では専(もっぱ)ら娯楽目的である。知多半島には愛知電気鉄道の常滑線と知多鉄道(現在の河和線)が走っていたが、内海へはバス連絡をしていた。しかし、昭和30年代の高度経済成長で観光客が激増し、さらに内海一帯にはリゾート施設も次々に建設されたので、大量輸送機関である鉄道建設は急務となり、昭和45年から10年をかけて内海まで全通した。
内海駅は完全な高架駅となっており、ホームの先端を見ると、まだ先まで延びそうに思える。高架の下には駅務室の他、海水浴のお客さんのための休憩所である「ビーチステーション」やレストランも設けられている。